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Vamo.が生み出すその妄想

「Vamo.(バーモ)」というガスコンロを買って、はや一年くらいが経つだろうか。

と、すでにこんな書き出しで始まってしまうこの文章は、ご想像の通り、もはやリンナイの広告記事のようなものになってしまうのかもしれない。でもそれと同時にようやくこれで『家と暮らし』という本サイトのテーマに近づくのかもしれないな、と今更ながら思ってはいますが。

先日、とある方からこのガスコンロについてのメッセージを受けて、「・・・あれ、そう言えばあのコンロの名前ってなんだったっけ」と思ってなんとなく調べていたら、『男が買うべきガスコンロ』と称して、このバーモを紹介してある記事をたまたま見つけてしまった。ジェンダーフリーが叫ばれるこの2021年においては、なかなか懐古的にも見えてしまうタイトルだよなと思いつつ、まだ中身は読んでいないけれども。

というわけで中身こそ読んではいませんが、実際使っている身から、その記事をここで勝手に想像してみようと思うのです。

まずこのコンロはそもそも通常のものより火力が強いので、チャーハンなんかの「ザ・男の料理」と呼ばれがちなメニューに対して存分に腕が振るえるということ。確かに僕も朝、昼とチャーハンのオーダーが子どもたちから入ったら、よく作っています。チャーハンという料理は火力がモノをいう面があるので、確かにお米パラパラの良いものが出来ます。あと、そうですね。パスタやうどんなんかの麺料理もオーダーが入ることも多いので、その時だって、お湯が早く沸くという点で重宝しているかもしれません。

僕が思うに、そもそも男性の料理と言われるものは、昔からその道具から入る人がやたらに多いですよね。包丁だとかまな板だとか、やたらめたらにプロ仕様にこだわる世の男性たち。そういう意味でガスコンロもおんなじで、プロが使っているような火力の強いコンロを探している人は結構多いものです。でもガスや器具の関係だとかで、その選択はなかなかめんどくさいのも事実だったりする。その点、このバーモは家庭仕様でありながら、その火力も見かけも、限りなくプロに近い感じは確かにあります。

いや、とにかく何よりその見かけでしょう。シンプルでいなせな銀が果てしなく格好よろしい、俺呼んで“シルバーモ”。間に余計なグリルもないし、すべてピカピカカクカクに光り輝くステンレスなニクいやつ。うん、ここでそれを声を大にして言いたいのだけど、何より、掃除がしやすいんですよね。今のところ、自分にとってはその点がいちばん大きいかもしれません。

あの真ん中にグリルがあるコンロって、昔から掃除が苦手だったんです。どうやったってそもそもの構造上、グリルで焼き広がった油汚れが中に溜まるし、どうにも掃除しにくい。買った当初はそりゃ健気にゴシゴシしますが、それもそう長くは続かず、ある時にふっと訪れる「諦め感」。昔からあの「諦め感」が個人的になにより嫌でした。

僕がはじめにプロ仕様のコンロを探していて結局はこのバーモに落ち着いたのも、実は火力というよりか、そのシンプルな潔さがすべてだった気がする。シンプルでもって掃除がしやすそう、ということは、つまりはずっと大事に使いそう、ということに繋がるわけでして、できればもうガスコンロを買い替えたくない身としては、これに勝る選択はありますまい。

ここで敢えてウィークポイントをあげておくと、このバーモで通説しているのがそのトロ火に対するイマイチ感。淡く弱い火がピーという信号とともには儚く消えてしまったりで、その点は確かにあるかもしれない。そういう意味では男的な料理としてよくあげられる、トロ火でコトコトなすべての「煮込み料理」がやりにくいとも言える。でも自分は保温調理なんかでその辺はまったくフォローできているし、そもそもこの気候変動、エネロス削減真っ只中な2021年にトロ火でトロトロな煮込み法を、先見的な男、女、それ以外の人々は元から選択しないはず。うん、まぁ、決して押しつけはしませんが、少なくともできれば自分はそうありたい、と言う話。

というわけで、珍しく自分はまだガスコンロの掃除に飽きていない。そこが何よりこのバーモの素晴らしい点でありますまいか。

・・・それにしても、ですね。

僕はいつも思うのだけど、料理というのは、何かモノを創ったり、こうして何かを書いたりすることに限りなく近いのではなかろうか。つまり、基本、料理とはふたりではできないもの、というのが僕の圧倒的個人的な認識です。

以前、東京や熊本で編集をやっていた頃、同僚だとか後輩の文章を読んで校正というものをしなければいけない時がままあった。まぁ基本は他人が書いたものなので、そのままほっときゃいいじゃん、とも今思えば想えるのだけど、でも料理の味見と一緒で、これはなにかがどうも違う、と首を傾げたくなる時がどうしてもある。

ここはもうちょっと塩を足したほうが、とか、ここは出す順番を入れ替えたがいいのでは、とか、これはそもそも方向性が大幅に間違っていないか、とかなんとか。で、最初はこちらが赤入れをしながらお互いにやりとりをして何度も書いては直し、書いては直し、をしてもらうのだけど、最後の最後は「・・・んもう。そんなに言うんだったら、あなたが自分で書いてくださいよ」と、必ずなる。絶対、最後はそうなってしまう。これはこれでなかなか難しいものです。もちろんそこには誤字脱字も含め、教育という大事な側面もあるのはわかるけれど、それによって最初に込められた大切な何かが損なわれてしまったりもする。

でも今考えてみれば、そもそもキッチンには、そして何かを書く部屋には、ひとりで入ったほうがいいのかもしれない、とも想う。ひとりで入って、全世界、全責任をひとまず自分で引き受けながら、味、文章のすべてを決める。そうやって一度自分なりに最後までトライをしてみてから、失敗することこそが、もしかしたらいちばんの教えなのではなかろうかと。料理だって文章だって、出来上がったそれを目の前で食べて読んだひとの顔をみれば、すべてがわかるのだから。

まぁそれはそうと、ごくごくたまに、ふたりでキッチンに入っては奇跡的なサポートをこなすひとがいたりするから不思議だ。あれはいったいなんなんだろうか。

いつだったか、僕はそんな女性に会ったことがある。かつて共に何度かキッチンに立った事がある。とにかく彼女と料理をするとサポートが上手なので、料理の速度があがる。ちょうど良いタイミングで質問や会話を差し込んでくれるので、俄然こちらの気分もノッてくる。そうしながら最終的な行き道を心地よくサポートしては導いてくれる感じ。素晴らしいピアノの伴奏のもとで唄いあげる歌手とは、こんな感じなのだろうか、とも思ったりする。とにかくまったく稀有なひとだった。

果たしてそうであるならば、もしかしたらそのひととは別の相性も良かったのではなかろうか・・・と今更ながらもっそり想ったりするのだけども、残念ながらその人とは共にキッチンには入れども、ベッドにはふたりで入ることはなかった。ことほど左様に、決して遠くはないと思われし、食と色。

そんな妙に生々しいことをお湯が沸く間にキッチンでうっかり妄想してしまうのも、言ってみればこの『男が買うべきコンロ』とやらのなせる技なのだろうか。・・・いや、そんなわけがない。

ああ、しかるに、なんて下世話な文章の終わりだろう。これでは広告記事になんて、なるわけがないじゃないか。

中村 慎vertigo店主

熊本の白川公園の裏っかわ、満月ビルの3Fで『vertigo(ヴァーティゴ)』という雑貨店をしています。

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