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店内音楽

どうも店内音楽が昔から気になるたちだ。それは自分が店なんてものをやる前から、つまり客の立場だった時からそうで、どんなにその店が美味しくても、どんなに良いものを売っていても、かかっている音楽がどうにもだと、自分のなかではやっぱりそれは、どうにもな店、になってしまう。

正直、妙な音楽を流すくらいならば無音の方がずっといいと思う。うちの店も無音の時だってある。無音というのも、ひとつの音楽だと想っているから。

・・・とまぁそんな偉そうな話はどうでもいいとして、同じくなんらかの店をやっている音楽好きな友達と、店内音楽について語ることほど楽しいものはない、と最近知った。

例えば、世には明らかに店内音楽に適していない曲というのが存在する。店内でかかってしまった後で、初めてそのことに僕らは気づく。例えばジョンとヨーコの「キス・キス・キス」。例えばセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」。どちらも愛と喘ぎとエロス爆発のアハーンなる曲。いやどちらも別にひとりで聴く分にはいいのだけど、店内でたまたまこれらがかかっていたとき・・・そう、例えば女性のお客様がひとりで入って来られたときなんかが困る。大いに困る。向こうも困る。こちらも困る。だからそんな時はすぐさまチェンジとあいなるわけで。

レコード屋をやっている友人の店には、昔取ったキネズカ的なハードロッキンでメタルなレコード群が結構ある。今となってはさすがに聴くこともないのだけれど、ごくごくたまにごくたまに、盤質チェックなんかもあって店内ひとりの時に爆音でかける時がある。そこへたまたま初めてのお客様なんかが入って来られたりすると・・・これは困る。大いに困る。「ハハーン、ここはそーゆー店なのね」と思われても、大いに困る。店に置いてあるのは間違い無いのだけど、いま普段聴いている音楽では決して無いし、ましてや当店イチ推しレコードでも断じて無い。こういう時もすぐにチェンジとあいなる。

僕が店内音楽で覚えていること。

とあるレコード屋で買ったばかりのレコードを聴いていたその日。レコードは前野健太「ハッピーランチ」というもので、実はあまり知らなかったひとだけど、何しろ馬に乗ったジャケがなんだかおかしかったし、何よりプロデュースがジム・オルークらしいし、いつかの『時効警察』でのこの人の演技も気になっていたし、これはもう、と買い求めて店内で聴いていた。

「愛はボっき」「希望もボっき」「インポになっちゃったのかな」「口のなかに出してもいいかな」などなど、素晴らしい感覚の歌詞を書くアヴァンギャルドなフォークの歌い手と知って、「へぇ、この人素晴らしいなぁ」と、ひとり想いつつ聴いていると。

こんなときに限って、おもむろにふたりのギャルな若い女性客が入ってきたではないか。もちろん初めてのお客様だった。こんなにもニッチでイッチなオンリーロンリーな店なのだけど、ごくごくたまにごくたまに、こういう感じのお客様が入って来られる時がある。しかも決まってこんなときに。

うーむ。これは・・・。いやね、「愛はボっき」がどうとかではなく、こりゃどうにも彼女たちが求めている雰囲気のものではない事が何より気になる。これは明らかに違うだろう。とどのつまりだ。アヴァンギャルドとギャルは一見文字ヅラが近いように見えて、決して近くはないということだ。うん、そうだそうだ。これは違うよな、とそそくさレコードをチェンジする店主。どれに替えたんだっけ。きっと当たり障りのない音楽に替えた気がする。

思いのほか彼女たちはこの店を気に入ったらしく、結構長いこと店に居てくれて、あれやこれやと商品を見てくれている。なんとはなしに世間話もできるくらいの近さになったその時。片方のギャルがこう言ったのだ。

「・・・で。さっきの音楽のひとってだれですか? なんかすごいよかったし」

な、なんかすごいよかったしぃーーー!!  ぐ、ぐ、グアーーーン!!! 

誰の目にも明らかだ。間違っていたのは僕の方だったんだ。型にハメ切ってナめていたのは、誰なんだ。音楽でもって線を引こうとしていたのは他でもない、この僕自身だったんだ。

ということで、にこやかに、軽やかに、笑いながらまたレコードをかけ直したあの日。

教訓。ニッチもイッチでオンリーロンリーなうちの店に入ってきてくれるお客様は、誰であろうと信じ切ること。そして音楽は、こちらの境界線をも、軽く越えてしまうということ。

中村 慎vertigo店主

熊本の白川公園の裏っかわ、満月ビルの3Fで『vertigo(ヴァーティゴ)』という雑貨店をしています。

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