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真夜中の揚げバナナ

小さな頃は映画が娯楽の王様だった。

田舎に1軒だけあったレンタルビデオ店に家族で足を運ぶのは週末の愉しみだったし、小学生の頃は厚生会館にたまにやってくる映画の日があれば、友人たちと指折り数えてその日を待ちわびていた。中学・高校になっても、休みの日には電車で数十分の商業施設併設の映画館へとよく足を運んだものだ。

気がつけばもう随分と朝型の人間になってしまったが、例に漏れず学生時代は根っからの夜型だった。今振り返ると恐ろしくもあるが、あの頃夜はいくらでも長く伸びて、気がつくといつも昼前だった。大学生らしいといえば大学生らしい。もう卒業も迫っていて、1限の授業もなく、呑気だが一丁前に不安だけはあった。もう10年ほど前の事だ。(何よりその事実がおそろしい。) 友人とルームシェアしていた部屋はお互いの荷物がほどよく散らかっていて、お互いが仮住まいの感じも居心地が良かった。

毎夜適当に借りた映画を観る、というより流していたある日、内容はあまり覚えていないのだけれど、ふいにその映画で揚げバナナがでてきた。「揚げバナナ」。そんな食べ物の存在に興味を持ったことも、そもそも存在自体知ってもいなかったはずなのに何故かその時は、絶対にいますぐこれを食べるしかない、というものすごく強い衝動に駆られた。もちろん、真夜中である。

近所の24時間スーパーに駆け込み、意気揚々とバナナを手にふたりで夜の街を自転車で走った。映画のなかの爽やかなシーンとは似ても似つかないが、深夜のキッチンの揚げ物はなんともあのときの私たちにぴったりな呑気でばかばかしくて、でも振り返ると幸福としか言えない香りに包まれていた。

先日、その日以来(なので、十数年ぶり)に揚げバナナをつくった。いざ改めて作ってみると意外に難しく、長い時間揚げるとバナナは溶けてしまう。あの大学生の頃の私は果たしてどんな風に作ったのか検討もつかないが、あの頃に食べた味には到底及ばなかった。

映画を見るのがあまり得意ではないのかもしれない、と自覚したのはつい最近になってからだ。

2、3時間と長い時間を拘束されることも、本と違って自分のスピードを保つこともままならないことも、年を重ねてせっかちに拍車がかかった私をどうも遠ざける。

でも、そんな障害を乗り越えてでも、あの揚げバナナの夜のように鮮明な記憶をくれる映画に会いたいと思わずにはいられない。

平山千晶

料理家・細川亜衣の主宰するtaishojiに勤務。 街中から車で15分ほどとは思えない静かで自然豊かな場所にあるtaishojiでの日々は発見の連続。

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