ブログ

種をあやす

1年に2度ほど手紙のやりとりをしている友人から朝顔の種が届いた。もう1年以上前のことになる。

毎年夏になると朝顔を育てているという友人の手紙の中にはその年に取れた種が同封されていた。黒くて丸い粒。

「種をあやす」とは実った種を播けるようにさやから出すことを意味するそうだ。種を蒔く・育てる・収穫する・そしてまた種を取る。当たり前のように思っていた一連の営みは、もはや一番身近な絶滅危惧種のような存在に近しい。だいこん。と一言で形容してきた野菜が、米良大根、女山三月大根、源助大根、亀戸大根、、、と実は色々な呼び名があることを知ったのはまだたった5年ほど前のこと。

熊本・宇城にある“たから農園”は固定種・在来種の野菜を中心に育てている。

固定種の野菜はF1の野菜に比べて形にばらつきがあるため流通にはのりにくく、育てる農家さんが減っているが、それぞれの独特の姿、個性溢れる濃い味は格別だ。たから農園の高田夫妻は、野菜たちを育て、種を採りながら、その土地に野菜が馴染んでいくのを見守っている。彼らと出会い、4年前からタイミングが合えば夏、少しだが一緒に種をあやさせてもらうようになった。

種をあやす、と一言にいっても、野菜ごとに種の姿、あやし方は様々だ。

固い固い莢で守られている大根、無数の小さな花が種となったにんじん。

たから農園の野菜たちは、食べる直前のぴかっと光る姿はもちろん、種も、種取り後の姿も、ほれぼれするほど美しい。

にんじんの種。無数の小さな花が大きな花となり、そしてまたそこから無数の種が採れる。

大根の種は固い莢に守られている。皆で飛んだり跳ねたりしながら莢を踏み、中から小さな種を採りだす。

「あやす」の語源は一節によると「愛す」らしい。

種はいつもひととある。

あやす人、守る人、育てる人、繋ぐ人、食べる人。

種について知ることは、未来を考え、選ぶことのようにも思う。

私はこれからもこの豊かな愛すべき野菜たちの食べ手であり続けたい。

ぴっかぴかのたから農園の野菜たち。見る度、食べる度、元気をくれる。

小学生以来に手にした朝顔の種は、結局手紙とともに箱にしまったままであった。久しぶりに取り出してまじまじと観察し、来年こそは、と箱から出した。

平山千晶

料理家・細川亜衣の主宰するtaishojiに勤務。 街中から車で15分ほどとは思えない静かで自然豊かな場所にあるtaishojiでの日々は発見の連続。

このライターの記事を
もっと見る