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Addicted To You

最近の暮らしの中でいちばん大きいのは、タバコをやめたこと。

実はここ数年、なかなか変則的な吸い方をしていて、外では吸わないけれど、家に帰ったら吸うという、奇妙なホームスモーカーだった。なんでそんな妙な吸い方をしていたんだろう。お金もないのに。まったく。

と言っても、自分自身、タバコは人生のうちでもう何度も止めていて、どうやら酒は止められないけれど、タバコは何度も止めたことがある。だから経験上、止めるのはほとんど苦じゃない。だったら、なんでわざわざあんなもの吸っていたんですか? とあなたは僕を責めるでしょう。そうでしょうそうでしょう。でもまぁですよ、誰だってジンセイの中でひとつくらい割り切れないことがあってもいいじゃないですか。

いつでも止めて引き返せると思っているニコチンと煙の闇。でも、もしかしたらその闇と習慣と欲望がべっとりどこかにこびりついてしまって、そこから引き返せなくなっているかもしれない。自分の身体はそんな取り返しのつかない汚れてしまった身体になっているのかもしれない。・・・でもそんなお互いの関係は誰にも言わない。子供じゃないんだから。だけどそれじゃ苦しくて。毎日会いたくて。この気持ちどうすればいいの。おお、ベイビー。君にアディクテッドかも。・・・と、まぁ依存とはそんな感じなのでしょうか。

というか、僕自身、何かにアディクトしている人をどこかしら愛おしいと思っているフシがある。だって、実は誰だってなんらかに依存していると言えるわけで。

ある人はニコチンやアルコールに。ある人はチョコレートやケーキに。またとある人は飼っている犬や猫に。またある人は隣の愛するその人や子どもの存在に。いや、ある人は法外でドラッギーなサムシングに。いやいや、ある人は言えない人とのセックスやその人との奇妙なプレイに。いや、またある人は健康維持の運動やその生活習慣そのものに。いやいや、またある人はレコードや本をひたすら買うことに。いやいやまたある人は・・・。

ごくごくたまに、「いや、わたくしはそういうものがてんで見つからなくって。だから何だかつまらなくて」とか、さもつまらなくは無さそうに話す人がいたりしますが、こういう人こそを僕は一番怪しみ訝しむ。そんな人に限って自分で気がついていないだけで、実はとんでもないアディクトに陥っていたりするからだ。

まぁそんなことはどうでもいいとして、タバコを止めたら何が増えるって、何しろ魔が、いや、間が、増える。タバコというのは、煙とニコチンだけではなくて、あれは「間を」吸っているのですよね。タバコに火をつけてから吸い終わるまでの、かけがえのないその間。誰にも奪われない自分だけの少しだけの間。その間でスモーカーはどれだけの安堵とため息と絶対的な無常を味わっているのだろうか。

だからこそ、その間が無くなってしまったとしたら。やってくるのは圧倒的手持ち無沙汰と絶対的心持ち無沙汰。タバコをやめた人はまずはそんな切ない空白をなんとかしなくてはならない。なんとか埋めなくてはならない。

さて、自分はそこをなんで埋めるか。どうやったら埋まるのだろうか。

結果的には、その間で何かの声を深く聴き取ること。何かの味を深く味わうこと。そうやって今のところは過ごしている。

具体的に言うと、例えば食後には最近店でも取り扱いを始めた、美味しい中国茶を淹れる。そしてそれを呑みながら、音楽を聴く。お茶を呑みながら、音楽にしっかりと耳を傾ける。そうやって魔と間を埋めていく。

タバコを吸っている時にも音楽は鳴らして聴くとはなく聴いていたが、たいていそれは煙とともにくぐもったまま宙に消えてしまっていた。

でもここにおいて、それは違う。

意識的にお茶の深い味わいや意図的に音楽の細かい襞を聴き取ろうとする。そうするとこれまで気が付かなった深い味や音に気が付くと言うわけで。例えば、ハンク・モブレーのテナーの声を聴く。例えばポール・チェンバースのベースを聴き分ける。例えばフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミングを真剣に聴いてみる。

もしそこに音楽が鳴っていなかったら、外に鳴く鳥の声でもいい。外で笑い叫ぶどこかの子どもの声でもいい。

つまりはチャンネルを意識的に味覚や聴覚に合わせる。そうすると今まで見えていなかった地平がすっかり目の前に立ち上がる。・・・のではなかろうかと睨んでいるのだが。

もしかしたらこの感覚を深めていくと瞑想やヨガなんかにたどり着くのかもしれない。

そして気がついたらば、今度は瞑想やヨガに依存する人間になってしまっていたりして・・・。おお、ベイビー。今度は君にアディクテッドかも。

中村 慎vertigo店主

熊本の白川公園の裏っかわ、満月ビルの3Fで『vertigo(ヴァーティゴ)』という雑貨店をしています。

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